4月から5月にかけて、気温と湿度が上がり始めるこの時期は、食中毒のリスクが急激に高まる季節です。「お腹が痛い」「吐き気がする」という症状で救急外来を受診する患者さんは、春から夏にかけて明らかに増えます。
食中毒は「気をつければ防げる」病気です。しかし毎年、家庭や飲食店で繰り返し発生しています。今回は救急科専門医の立場から、食中毒の基本知識・予防法・受診すべき症状について解説します。
食中毒とは?原因菌・ウイルス一覧
食中毒とは、有害な細菌・ウイルス・寄生虫・自然毒などが含まれた食品を食べることで起こる健康被害の総称です。厚生労働省の統計(2023年・令和5年)によると、年間537件の食中毒事件が報告されており、患者数は約1万1,000人にのぼります。
| 原因 | 主な食品 | 潜伏期間 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| カンピロバクター | 鶏肉(生・半生) | 1〜7日 | 件数No.1。下痢・発熱・腹痛 |
| サルモネラ属菌 | 卵・鶏肉・ペット | 6〜72時間 | 発熱・嘔吐・下痢。重症化も |
| 黄色ブドウ球菌 | おにぎり・弁当・和菓子 | 0.5〜6時間(平均約3時間) | 毒素型。加熱しても無効 |
| 腸管出血性大腸菌(O157など) | 牛肉(生)・野菜・井戸水 | 3〜8日 | 血便・HUSに注意 |
| ノロウイルス | 二枚貝・手指を介した接触感染 | 24〜48時間 | 冬に多いが通年発生。激しい嘔吐・下痢 |
| ウェルシュ菌 | カレー・シチューなど大量調理食品 | 6〜18時間 | 加熱後の大鍋放置で増殖 |
この中でも特に春から夏に多いのが、カンピロバクター・サルモネラ・黄色ブドウ球菌・O157です。
なぜ春〜夏に食中毒が増えるのか?
細菌は一般的に10℃以下では増殖が遅くなり、60℃以上では死滅します。気温が上がると食品の温度管理が難しくなり、細菌が急増します。
また、新生活を迎える4月は外食・お弁当・バーベキューなどの機会が増える時期でもあります。慣れない環境での調理ミスや、食品を室温で長時間放置するといった状況が重なりやすく、食中毒リスクが高まります。
家庭でできる食中毒予防の3原則
厚生労働省が推奨する食中毒予防の基本は、「つけない・ふやさない・やっつける」の3原則です。
1. つけない(清潔)
- 調理前・食事前・生肉や魚を触った後は石けんで20秒以上手洗い
- まな板・包丁は肉用・野菜用を分けて使用
- ふきんやスポンジは定期的に消毒(煮沸または塩素系漂白剤)
- 下痢・嘔吐症状があるときは調理を避ける
2. ふやさない(冷却)
- 食品は10℃以下で保存(冷蔵庫は詰めすぎない)
- 調理した食品は2時間以内に食べるか、速やかに冷蔵・冷凍
- お弁当は保冷剤を使用し、直射日光を避ける
- カレーやシチューは鍋のまま常温放置しない(ウェルシュ菌対策)
3. やっつける(加熱)
- 食肉・魚介類は中心温度75℃・1分以上加熱(ノロウイルスは85〜90℃・90秒以上)
- 電子レンジ加熱は温度ムラが生じやすいため、加熱後に全体をかき混ぜる
- 再加熱する場合も中心まで十分加熱する
O157(腸管出血性大腸菌)は特に注意が必要
O157をはじめとする腸管出血性大腸菌は、少量の菌(100個以下)でも感染が成立します。子ども・高齢者・免疫が低下した方は特に注意が必要です。
感染後3〜8日で激しい腹痛・血便が出現し、一部の患者(特に小児)では溶血性尿毒症症候群(HUS)という重篤な合併症を起こすことがあります。HUSは急性腎不全・脳症を引き起こす可能性があり、早期の入院管理が必要です。
牛肉の生食(ユッケ・レバ刺しなど)、浅漬けや井戸水の生飲みは避けることが重要です。牛レバーの生食は2012年より食品衛生法で禁止されています。
こんな症状が出たら受診を|救急受診の目安
食中毒の多くは自然に回復しますが、以下の症状がある場合はすぐに医療機関を受診してください。
- 血便・黒色便が出ている
- 嘔吐や下痢が激しく、水分が全く取れない状態が6時間以上続く
- 意識が朦朧とする・ぐったりしている
- 乳幼児・高齢者・妊婦・免疫抑制状態で症状がある
- 38.5℃以上の高熱が続く
- 尿量が著しく減った(脱水のサイン)
特に乳幼児・高齢者は脱水になりやすく重症化しやすいため、早めに受診することが大切です。
受診時に医師に伝えること
- いつ、何を食べたか(直近48〜72時間分)
- 同じものを食べた人が他にいるか・同様の症状があるか
- 症状が始まった時間
- 便の性状(水様・血便・粘液便など)
- 発熱の有無と体温
集団発生が疑われる場合は保健所への届け出が必要になることもあるため、医師に必ず伝えてください。
まとめ
食中毒は正しい知識と日常的な食品管理で大部分は予防できます。特に気温が上がり始める4〜5月は、調理・保存・手洗いの基本を改めて意識することが大切です。
一方で「食中毒かな?」と思ったときに自己判断で市販の下痢止めを飲むのはおすすめしません。腸管出血性大腸菌感染症などでは、腸の動きを止めることで毒素の排出が妨げられ、重症化するリスクがあります。症状が重い場合は早めに医療機関を受診してください。
本記事は救急科専門医が医療情報の普及を目的として執筆しています。個別の症状・治療については必ず医療機関にご相談ください。
参照ソース
- 厚生労働省「令和5年食中毒発生状況」
- 厚生労働省「家庭でできる食中毒予防の6つのポイント」
- 国立感染症研究所「腸管出血性大腸菌感染症」
- 食品安全委員会「食中毒予防のポイント」
- 日本感染症学会「感染性腸炎の診療ガイドライン」

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