5月も中旬を過ぎ、まもなく梅雨入りの時期を迎えます。この季節になると、立ち上がった瞬間にクラッとする立ちくらみや、ひどいときには一瞬意識が遠のく「失神」で救急外来を受診される方が増えてきます。「天気痛・気象病」として頭痛やだるさが注目されることは多いのですが、それとは別に、梅雨期に見落とされやすいのが起立性低血圧という血圧調節のトラブルです。本記事では、頭痛中心の気象病とは異なる「立った瞬間の血圧低下」という循環器の視点から、なぜ梅雨に増えるのか、危険な見分け方、そして自律神経と水分・電解質をどう整えるかを救急科専門医の立場で解説します(本記事は2026年5月時点の情報をもとにした記事改訂版です)。
なお、お子さんが朝起きられない場合は、同じ低血圧でも起立性調節障害という別の病態が中心になります。本記事は主に成人・高齢者の起立性低血圧を扱います。
起立性低血圧とは——立った瞬間に血圧が下がる状態
起立性低血圧とは、横になった姿勢から立ち上がって3分以内に、収縮期血圧(上の血圧)が20mmHg以上、または拡張期血圧(下の血圧)が10mmHg以上低下する状態を指します。日本循環器学会の失神の診断・治療ガイドラインでも、失神の重要な原因の一つとして位置づけられています。
通常、立ち上がると重力で血液が下半身に移動しますが、自律神経が瞬時に血管を収縮させ心拍を上げて、脳への血流を保ちます。この調節がうまく働かないと、脳への血流が一時的に不足し、立ちくらみ・目の前が暗くなる・耳鳴り・ふらつき、ひどいときには一過性の意識消失(失神)が起こります。
なぜ梅雨に増えるのか——自律神経・脱水・気圧の三重の負荷
梅雨期に起立性低血圧が増えるのには、いくつかの理由が考えられます。
1. 自律神経のバランスが乱れやすい
低気圧が長く続くと、自律神経のバランスが乱れ、血圧を維持し血管を収縮させる働きが弱まると考えられています。血管を締める力が弱まると、立位での血圧低下が起こりやすくなります。気象病の頭痛が「気圧変化への過敏な反応」だとすれば、こちらは「血圧調節そのものの不全」であり、対処の軸が異なります。低気圧で頭痛・めまい・だるさが出る仕組みは気象病(天気痛)の解説記事もあわせてご覧ください。
2. 隠れた脱水・電解質バランスの乱れ
梅雨は気温が上がり始める一方で湿度が高く、汗をかいている自覚が乏しいまま体液が失われがちです。水分と塩分(ナトリウム)が不足すると循環血液量が減り、立位での血圧維持が一段と難しくなります。逆に水だけを大量に飲むと、低ナトリウム血症を招くこともあり、水分と塩分のバランスが重要です。
3. 食事・入浴・服薬という日常の誘因
炭水化物の多い食事の後は消化管に血流が集まり「食後低血圧」が起こります。蒸し暑い時期の長湯や熱いシャワー後の立ちくらみも、血管が拡張した状態での起立が引き金です。降圧薬や利尿薬、一部の前立腺の薬を内服中の方は、もともと血圧が下がりやすい点に注意が必要です。
こんなときは受診を——危険なサインの見分け方
多くの立ちくらみは数秒〜十数秒で回復し、ゆっくり起き上がれば防げます。しかし、次のような場合は循環器内科や救急の受診をおすすめします。
- 意識を失って倒れた、転倒して頭や顔を打った
- 失神の前に胸の痛み・動悸・息切れを伴った
- 座っていても、あるいは横になっていても起こる
- けいれんを伴った、意識が戻るのに時間がかかった
- 高齢で、繰り返す立ちくらみや原因不明の転倒がある
- 黒い便・血便、発熱や下痢など脱水を強く疑う症状を伴う
特に運動中や労作時の失神、胸部症状を伴う失神は、心臓そのものが原因の重篤な不整脈や心疾患が隠れていることがあり、命に関わる重篤な事態につながり得るため緊急性が高いと考えてください。安易に「ただの立ちくらみ」と自己判断しないことが大切です。
その場での対処——倒れる前と倒れた後
「視界が暗くなる・冷や汗・吐き気」などの前兆を感じたら、無理に立っていようとせず、すぐにしゃがむ・座る・横になるのが最優先です。横になれない場所では、足を組んで太ももやお尻に力を入れる、しゃがんで前かがみになるといった姿勢で、下半身に溜まった血液を心臓へ戻すと回復を早められます。
周囲の人が倒れた場合は、あお向けに寝かせて両足を高く上げ、衣服をゆるめます。多くは1〜2分以内に意識が戻りますが、反応が戻らない・呼吸がおかしい・けいれんが続く場合はためらわず119番通報してください。回復後もすぐに立ち上がらせず、しばらく座位で様子を見ます。
梅雨を乗り切る予防——自律神経と水分・電解質を整える
ガイドラインで推奨されている対策は、日常生活で十分に実践できるものです。
- 起き方をゆっくりに:寝起きや椅子から立つときは、いったん座る・足首を動かす・数回深呼吸してから立つ。朝とトイレ後が要注意の時間帯です。
- 水分は「こまめに」、塩分も忘れずに:のどの渇きを感じる前から少量ずつ。汗をかく日は水だけでなく適度な塩分を一緒に補い、低ナトリウム血症を防ぎます。持病で水分・塩分制限がある方は主治医の指示を優先してください。
- 食事は分けて、炭水化物に偏らない:一度の大量摂取とアルコールは食後低血圧を招きます。少量ずつ複数回に分ける工夫が有効です。
- 入浴は長湯を避ける:蒸し暑い時期はぬるめの湯で短時間にし、湯上がりは急に立たない。
- 下半身を動かす習慣:ウォーキング、サイクリング、水泳など下肢の筋肉を使う運動は、血液を心臓へ送り返すポンプ機能を高めます。長時間の立ちっぱなしを避け、足を動かすことも有効です。
- 睡眠と生活リズムを保つ:自律神経の安定には十分な睡眠が欠かせません。曇天が続く梅雨でも起床・就寝時刻を一定に保ちましょう。
- 服薬は自己判断で変えない:降圧薬・利尿薬などで立ちくらみが強いと感じても、自己中断はせず、必ず処方医に相談して調整してもらいます。
まとめ
梅雨期の立ちくらみや失神は、「気象病の頭痛・だるさ」とは別に、自律神経の血圧調節と隠れた脱水・電解質バランスが関わる起立性低血圧であることが少なくありません。ゆっくり起き上がる、水分と塩分をバランスよく補う、食事や入浴の習慣を整えるという基本で、多くは予防できます。一方で、胸の症状を伴う失神、繰り返す原因不明の転倒、横になっていても起こる症状などは、重篤な疾患が隠れているサインです。気になる症状があれば早めに医療機関へ相談し、安全に梅雨を乗り切りましょう。蒸し暑い時期は室内熱中症の対策もあわせて確認しておくと安心です。
本記事は一般的な医療情報の提供を目的としたもので、個別の診断・治療を代替するものではありません。症状が続く・強い場合は医療機関を受診してください。
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