エコノミークラス症候群(肺血栓塞栓症)とは?片脚の腫れと突然の息切れを救急科専門医が解説【2026年5月版】

ゴールデンウィーク後半、帰省の高速バスや渋滞、長時間のフライト、車中泊、避難所生活。長く同じ姿勢で座り続けたあとに「片脚のふくらはぎだけ腫れて痛い」「立ち上がった瞬間に息苦しくなった」——そんな症状があれば、それはエコノミークラス症候群、医学的には深部静脈血栓症(DVT)と肺血栓塞栓症(PE)のサインかもしれません。日本循環器学会は2025年3月に「肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症および肺高血圧症に関するガイドライン(JCS/JPCPHS 2025)」を改訂し、診断・治療・予防の指針を更新しました。本記事では救急科専門医が、ガイドラインの最新内容と厚生労働省の市民向け資料をもとに、見逃してはいけないサイン・正しい応急対応・予防のコツを解説します。

エコノミークラス症候群とは——脚の血栓が肺まで飛ぶ二段階の病気

エコノミークラス症候群は俗称で、医学的には「静脈血栓塞栓症(VTE)」と総称されます。流れは二段階です。まず長時間の座位でふくらはぎや太ももの深部静脈に血栓ができる(深部静脈血栓症・DVT)。次にその血栓が血流に乗って心臓を経由し、肺の動脈を詰まらせる(肺血栓塞栓症・PE)。肺動脈が詰まるとガス交換ができなくなり、呼吸困難・胸痛・失神・ショックを引き起こします。

「飛行機のエコノミー席だけの病気」と誤解されがちですが、実際は高速バス・新幹線・自家用車の渋滞・車中泊・災害時の避難所生活など、4時間以上同じ姿勢で座る状況すべてでリスクが上がります。GWの帰省ラッシュ・Uターンラッシュは典型的なハイリスク場面です。

こんな人は要注意——リスクが高い人の特徴

厚生労働省の市民向け資料および2025年改訂ガイドラインでは、以下に該当する人はリスクが高いとされています。

  • 40歳以上、特に高齢者
  • 下肢の手術後や骨折・ギプス固定中
  • 下肢静脈瘤がある
  • がんの治療中・治療歴がある
  • 過去に血栓症を起こしたことがある
  • 肥満(BMI30以上)
  • ピル(経口避妊薬)・ホルモン補充療法を使用中(喫煙との併用でリスクが大きく上昇するため出発前の禁煙が望ましい)
  • 妊娠中・出産後3か月以内
  • 糖尿病・高血圧・脂質異常症などの生活習慣病
  • 脱水状態(飲酒後・利尿薬服用中も含む)

該当項目が複数あるほどリスクは高くなります。GW中の長距離移動を控えている方は、出発前に自分の項目数を確認しておきましょう。

見逃してはいけない症状——脚と肺の二段階サイン

第一段階:脚のサイン(深部静脈血栓症・DVT)

  • 片側のふくらはぎ・太もものみが腫れている(左右差がある)
  • ふくらはぎを握ると痛い
  • 脚が赤くなる、熱を持っている
  • 脚の表面に静脈が浮き出てくる

両脚が均等にむくむ場合は心臓・腎臓・肝臓の問題のことが多く、DVTは「片脚だけ」が特徴です。診断のゴールドスタンダードは下肢静脈エコー検査で、外来で短時間に行えます。

第二段階:肺のサイン(肺血栓塞栓症・PE)——救急車を呼ぶレベル

  • 突然の息苦しさ・呼吸が浅く速くなる
  • 胸の痛み(深呼吸で悪化することが多い)
  • 立ち上がった瞬間にふらつき・意識が遠のく
  • 冷や汗・顔面蒼白
  • 動悸・脈が速い
  • 血の混じった痰

長時間座って下肢にできた血栓は、歩き始めなど下肢の筋ポンプ作用が再開したタイミングで剥がれ、静脈の流れに乗って肺動脈まで運ばれることがあります。立ち上がってすぐに息苦しさ・胸痛・失神が起きた場合は典型的なサインで、迷わず119番です。意識を失っている・呼吸が止まっているなら即時CPR開始が必要になります。

救急外来では何をするのか——事前確率スコアからD-ダイマー・造影CTへ

2025年改訂ガイドラインでは、肺血栓塞栓症を疑った際の標準的な診断フローが整理されています。まずWellsスコアや改訂Genevaスコアといった臨床的事前確率スコアでリスクを層別化し、低〜中等度リスクであれば血液検査のD-ダイマー(血栓ができると上昇する指標)で除外診断を行います。D-ダイマーが基準値以上、あるいは事前確率が高い場合は造影CT検査で肺動脈や下肢静脈に直接血栓があるかを確認します。さらに心臓超音波検査で右心室の負荷を評価し、心筋トロポニンやBNPなどのバイオマーカーと併せて重症度を判定します。

確定診断後は、血行動態・PESI(Pulmonary Embolism Severity Index)またはsPESIスコア・右室機能不全所見・心臓バイオマーカーをもとに、高リスク/中高リスク/中低リスク/低リスクの4段階に層別化し、それぞれに応じた治療方針を選択します。

治療——抗凝固療法と重症例の血栓溶解・カテーテル

治療は重症度に応じて段階的に選択されます。低〜中等度リスクでは抗凝固療法が基本で、2025年改訂ガイドラインでは直接経口抗凝固薬(DOAC:エドキサバン・リバーロキサバン・アピキサバンなど)が初期治療から維持治療まで第一選択として推奨されています。高リスク(ショックや循環不全を伴う重症例)では血栓溶解療法(rt-PA:モンテプラーゼなど)や、カテーテルによる血栓吸引・破砕、外科的血栓摘除術が選択されます。重症例では集中治療室での全身管理が必要です。

なお、市販のアスピリンは静脈血栓塞栓症の予防・治療には推奨されていません。「血液をサラサラにする薬」として自己判断で内服しても効果は乏しく、出血リスクだけが増えます。予防は後述の生活習慣の工夫が基本です。

GW後半・連休明けに自分でできる予防——4つの習慣

1. こまめに脚を動かす

1〜2時間おきに足首をぐるぐる回す、つま先立ちを20回、ふくらはぎを揉む。座ったままでもできます。長距離移動中は少なくとも2時間に1回は通路を歩くのが理想です。渋滞中の自家用車でも、サービスエリアごとに必ず降りて歩きましょう。

2. 水分をこまめに摂る

脱水は血液を濃縮し血栓を作りやすくします。「トイレが近くなるから」と水を控えるのは逆効果です。コップ1杯(200ml)を1〜2時間おきに。アルコールとカフェインは利尿作用で逆に脱水を招くので、長距離移動中は控えめに。

3. ゆったりした服装と弾性ストッキング

下肢を締め付けるきつい衣類やガードルは血流を悪くします。リスクの高い方は、薬局で買える医療用弾性ストッキング(着圧ソックス)を活用すると深部静脈の血流を改善できます。長距離移動中は出発前から目的地到着まで履き続けるのが基本です。

4. 脚を組まない・床に足をつける

脚を組む姿勢は片側の静脈を圧迫します。シートでは足裏全体を床につけて、膝の裏に圧がかかりすぎないように。狭い座席ではフットレストや荷物で足台を作ると楽になります。

急性期を乗り越えても続くフォローアップ——CTEPHのリスク

急性期の肺血栓塞栓症を乗り越えても、一部の方では血栓が完全に溶けず肺動脈に器質化して残り、数か月〜数年かけて慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)に進展することがあります。労作時の息切れが続く、階段で以前より早く息が上がる——こうした症状が退院後に残る場合は、必ず循環器内科でフォローを受けてください。2025年改訂ガイドラインでもCTEPHの早期診断と専門施設での治療(肺動脈血栓内膜摘除術・バルーン肺動脈形成術・薬物療法)の重要性が強調されています。

よくある質問(FAQ)

Q. 飛行機ではなく新幹線や自家用車でもなりますか?

はい、4時間以上同じ姿勢で座る場面はすべてリスクになります。新幹線・高速バス・自家用車での渋滞・車中泊、災害時の避難所生活でも報告されています。

Q. 弾性ストッキング(着圧ソックス)は何時間履けばいい?

長距離移動の出発前から到着まで履き続けるのが基本です。日常使いの軽い着圧ソックスでも、何も着用しないより血流改善が期待できます。サイズが合っていないと逆効果なので、薬局で適切な圧迫圧(20〜30mmHg程度)の製品を選んでください。

Q. 既往がある人は出発前に何を準備すべき?

過去にDVT・PEを起こした方や血栓素因をお持ちの方は、出発前に主治医(循環器内科)に相談し、必要なら抗凝固薬の調整・弾性ストッキングのサイズ確認を行ってください。長時間移動の途中で症状が出た場合、最寄りの救急医療機関を即受診できるよう、お薬手帳・既往症メモを携行しましょう。

まとめ——「片脚だけ腫れる」「立ち上がって息苦しい」は受診の合図

エコノミークラス症候群は予防できる病気です。GW後半・連休明けの長距離移動を控えている方は、こまめに動く・水分を摂る・脚を締め付けない、この3点を徹底してください。それでも片脚だけのふくらはぎの腫れと痛みが出たら循環器内科または救急外来を受診を、突然の息苦しさや胸痛・失神があれば迷わず119番を。早期の抗凝固療法で多くの方が回復できる病気です。「ただの脚のむくみ」「ただの疲れ」と自己判断せず、サインに気づいたら専門医へつないでください。

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参考資料・出典

※本記事は2026年5月時点の日本循環器学会2025年改訂版ガイドラインおよび厚生労働省公開資料に基づいています。個別の診断・治療は必ず主治医にご相談ください。

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