5月は女王蜂が冬眠から目覚め、巣作りを始める季節です。山登り・キャンプ・庭仕事・農作業など屋外活動が一気に増えるゴールデンウィーク明けは、蜂に刺される事故が急増する時期でもあります。蜂刺傷の多くは局所の痛みと腫れだけで治まりますが、ごく一部にアナフィラキシーが起こり、短時間で生命予後を左右する事態に進展することがあります。本記事では救急科専門医の立場から、刺された直後の正しい応急処置と、救急車を呼ぶべきサインをわかりやすく解説します。
日本で問題になる蜂は3種類
日本で人を刺す蜂は、おもにスズメバチ・アシナガバチ・ミツバチの3種類です。なかでもスズメバチは攻撃性が強く、活動が活発になる7月から10月にピークを迎えますが、5月は巣作り初期で女王蜂が単独行動しており、知らずに巣を踏んだり枝を揺らしたりして刺される事例が増えてきます。林野庁の資料でも、林業従事者の蜂刺傷災害は5月から件数が立ち上がり、夏に向けて増加することが繰り返し指摘されています。
蜂毒には強い痛みを起こすペプチドや、アレルギー反応の引き金になるタンパク質が含まれています。一度刺されて体内に抗体が作られた人が、二度目以降に刺されたときに全身性のアレルギー反応であるアナフィラキシーを起こしやすくなる、というのが蜂毒アレルギーの基本的な仕組みです。「以前は何ともなかったから今回も大丈夫」という思い込みは禁物です。
刺された直後の応急処置——4つの手順
手順1:その場を離れる
スズメバチは仲間を呼ぶフェロモンを出します。一匹に刺された場所にとどまると、後続の集団に襲われる危険があります。姿勢を低くして、静かに巣から20メートル以上離れることが最優先です。手で振り払うと興奮させるため避けてください。
手順2:ミツバチの場合は針を抜く
ミツバチは刺すと針が皮膚に残ります。クレジットカードの縁などで皮膚に沿って横にこすり落とすのが第一選択です。針の根元には毒嚢が付着しており、ピンセットで強くつまむと毒が追加で押し込まれる恐れがあるため、ピンセットを使う場合は針の先端側のみを把持し、毒嚢を潰さないよう注意してください。スズメバチ・アシナガバチは針を残さないため、この手順は不要です。
手順3:流水で洗い流す
傷口を流水でしっかり洗い流すことが最も重要です。蜂毒は水溶性のため、流水だけでもかなりの量を洗い流せます。あわせて傷口の周囲を軽く押し、毒液をにじみ出させる程度にとどめてください。強くつまむと毒が組織内に拡散したり、感染のリスクを高めたりする恐れがあります。市販のポイズンリムーバーと呼ばれる吸引器は刺されてからおよそ2分以内に使用すれば一定の効果が期待できますが、症状を確実に軽減するという医学的根拠は十分ではないとされています。あくまで補助的手段と考え、流水洗浄を最優先してください。なお、口で毒を吸い出す方法は口腔内の傷から毒が吸収される恐れがあり、推奨されていません。
手順4:冷やして抗ヒスタミン外用
濡れタオルや保冷剤をハンカチで包んで患部にあて、痛みと腫れを抑えます。アンモニアや尿をかける民間療法は効果がなく、感染リスクを高めるだけなので避けてください。市販の抗ヒスタミン軟膏やステロイド外用薬があれば塗布し、その後は安静を保ちます。
救急車を呼ぶべきサイン——アナフィラキシーの初期兆候
蜂毒アナフィラキシーは進行が極めて速く、多くは刺されてから5分から15分以内、遅くとも30分以内に発症します。厚生労働省の重篤副作用疾患別対応マニュアルでも、刺傷から心停止までの時間の中央値は約15分と報告されており、初動の数分が予後を大きく左右します。日本アレルギー学会のアナフィラキシーガイドラインでは、皮膚・粘膜症状に加えて呼吸器・循環器・消化器のいずれかに症状が出た時点でアナフィラキシーと診断し、ただちにアドレナリンを筋肉内に投与することが第一選択とされています。一般の方は次のサインを覚えておいてください。
- 全身のじんましん、まぶた・唇・舌の腫れ
- 喉のつまり感、声のかすれ、ヒューヒューする呼吸音
- 強い息苦しさ、激しい咳き込み
- 急な冷や汗、顔面蒼白、めまい、立っていられない
- 繰り返す嘔吐、強い腹痛
- 意識がぼんやりする、呼びかけへの反応が鈍る
これらのうち一つでも当てはまれば、迷わず119番通報してください。エピペンを携帯している方は、ためらわず太ももの外側に筋肉注射してください。アドレナリン投与は早ければ早いほど救命率が上がります。可能であれば周囲の人に119番通報を依頼し、注射と通報を並行して進めるのが理想です。一人の場合はエピペン使用の直後に通報してください。
刺された場所別のリスク——首・顔・口の中は要注意
蜂に刺された部位によっても重症度は変わります。首・顔・頭皮など血流の豊富な部位は毒の吸収が速く、また気道に近いため、口腔内や喉を刺された場合は腫脹だけで気道閉塞を起こすことがあります。野外で口を開けたまま放置したペットボトルや缶飲料の中に蜂が入り込み、口の中で刺される事故が毎年報告されています。口の中を刺されたら全身症状の有無にかかわらず救急要請してください。
手や足など末梢部の刺傷でも、複数箇所を同時に刺された場合は毒量が多く、アナフィラキシーでなくても全身性の毒性反応として強い倦怠感・発熱・嘔吐・血尿などを起こすことがあります。10カ所以上刺されたとき、または小柄な方や子どもが複数回刺されたときは、症状が軽くても病院受診をおすすめします。
軽症に見えても油断は禁物——二段階反応に注意
アナフィラキシーは、いったん症状が落ち着いた後、数時間から72時間以内に再び全身症状がぶり返すことがあります。これをいわゆる二段階反応といい、典型的には初発から8〜10時間後に再燃すると報告されており、最初の反応より重くなる場合もあります。日本アレルギー学会のアナフィラキシーガイドラインでは、症状が改善した後も最低1時間、心血管疾患などのリスク因子がある方は6時間以上の院内経過観察を推奨しています。蜂に刺されて全身症状を経験した方は、症状が消えても必ず医療機関を受診してください。
また、過去に蜂刺傷で全身症状を起こした方は、次回刺されたときにより重い反応を起こすリスクが高いと考えられています。アレルギー専門医を受診し、特異的IgE検査でハチ毒アレルギーの有無を確認したうえで、エピペン処方の適応を相談しておくことが望ましい対応です。
そもそも刺されないための予防策
- 黒い服・濃い色の帽子は避け、白や淡い色の長袖・長ズボンを着用する
- 香水・整髪料・柔軟剤など強い香りは蜂を引き寄せるため屋外活動では控える
- 軒下・物置・庭木に巣がないか定期的に点検し、見つけても自分で駆除しない
- 山道・草むらでは足音を立てて歩き、蜂を驚かせないようにする
- 炭酸飲料の缶やペットボトルは口を開けたまま放置しない(飛び込んだ蜂を口の中で刺される事故防止)
よくある質問
Q1. エピペンを持っていない初回の患者でも病院ではアドレナリンを使いますか?
はい。エピペンの携帯有無にかかわらず、アナフィラキシーと診断した時点でアドレナリンの筋肉内投与が標準治療です。救急外来では希釈アドレナリンを医師が判断して投与しますので、自宅にエピペンがないことを理由に救急要請をためらわないでください。
Q2. 一度刺されただけでアレルギー検査は必要ですか?
全身症状がなく局所の腫れだけで治まった方は、原則として検査の必要はありません。一方、全身のじんましん・呼吸困難・血圧低下などが出た方は、再刺傷時の重症化リスクが高いため、必ずアレルギー専門医を受診し特異的IgE検査とエピペン処方を相談してください。
Q3. 子どもが刺された場合の対応は?
基本の応急処置は大人と同じですが、子どもは体重が少ない分、毒量に対して相対的に重症化しやすい傾向があります。複数箇所を刺されたとき・口や顔を刺されたとき・元気がない様子のときは、見た目に重い症状がなくても医療機関を受診してください。
まとめ
5月から秋にかけては、蜂刺傷とそれに伴うアナフィラキシーの発生が増えるシーズンです。刺された直後は「離れる・針を抜く・洗い流す・冷やす」の4ステップを覚えておきましょう。そして、皮膚症状だけでなく息苦しさ・冷や汗・意識のもうろう・繰り返す嘔吐などの全身症状が一つでも出たら、ためらわず119番通報してください。一度でも全身症状を経験した方は、再発時に重症化しやすいため、必ず医療機関でフォローを受け、エピペンの処方について主治医と相談することをおすすめします。
関連記事
参考文献
- 日本アレルギー学会 アナフィラキシーガイドライン2022
- 厚生労働省 重篤副作用疾患別対応マニュアル アナフィラキシー(令和元年改定)
- 厚生労働省 蜂刺され災害を防ごう
- 国立感染症研究所IASR わが国における蜂刺症
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断や治療を代替するものではありません。症状がある方は速やかに医療機関を受診してください。

コメント