「家族が突然倒れた」「呼びかけても返事がない」——その瞬間、あなたは何をすべきでしょうか。実は119番通報の最初の60秒の伝え方と、通信指令員の口頭指導(Dispatcher-Assisted CPR:DA-CPR)を受けながら救急車到着までの平均8.7分(令和5年版救急救助の現況)をどう過ごすかで、家族の予後が大きく変わります。本記事では、CPRの手技そのものではなく「119番通報の中身」と「救急隊員到着までの段取り」に完全特化して、救急科専門医が2026年版として解説します。
1. 119番通報で最初に伝える3情報——順番を間違えない
東京消防庁が公開している通報マニュアルによると、通信指令員が真っ先に確認するのは次の3点です。これを聞かれる前に自分から伝えると、救急車の出動指令が数十秒早まります。
- 「救急です」(火災ではないことを明確化)
- 場所(住所・建物名・部屋番号、または近くの目印)
- 症状と倒れた人の年齢・性別(「70代男性、玄関で倒れて呼びかけに反応しません」)
住所がわからない場合は、近くのコンビニ名・交差点名・電柱の管理番号を伝えれば指令員が特定してくれます。携帯電話からの通報は位置特定に時間がかかることがあるため、できるだけ固有名詞で目印を伝えるのがコツです。
2. 通信指令員の口頭指導(DA-CPR)を必ず受ける——救命率を上げる切り札
JRC蘇生ガイドライン2025では、「バイスタンダーが1人で携帯電話を持っている場合、119番通報し、携帯電話のスピーカーまたはハンズフリーを作動させて直ちにCPRを開始し、通信指令員の口頭指導を受ける」ことが強い推奨として明記されています。総務省消防庁のデータでも、バイスタンダーCPRの実施率は1994年の13.4%から2015年に48.1%まで上昇し、その半数以上は通信指令員の口頭指導によるものとされています。
つまり、心肺蘇生のやり方を覚えていなくても、「電話越しに指令員が手順を一つずつ教えてくれる」のがDA-CPRです。「胸の真ん中を、1分間に100〜120回、5cm沈むくらい強く押してください」と具体的に誘導してくれます。「自信がない」「やったことがない」と必ず正直に伝えてください——指令員はそれを前提に指導するプロです。
具体的なCPRの手技を事前に学んでおきたい方はAEDと心肺蘇生(CPR)の正しい手順、2025年の最新変更点は心肺蘇生ガイドライン2025変更点もあわせてご確認ください。
3. スマホのスピーカー機能で「両手をあけてCPR」する
口頭指導を受けながらCPRをするには、必ずスマホのスピーカー機能(ハンズフリー)をオンにするのが鉄則です。具体的な操作は機種ごとに違いますが、通話画面に「スピーカー」「音声出力」のアイコンがあるのでタップしてください。
- スマホは胸骨圧迫している人の頭の横、床の上に置く(机から落とさない)
- 切らずに通話を継続したまま処置する(指令員が「胸骨圧迫続けてください」とテンポを刻んでくれる)
- 家族が2人以上いる場合は1人が通報係、1人がCPR係、1人が玄関誘導係と分担
京都大学の2025年の国際比較研究では、日本・韓国・シンガポールでバイスタンダーCPR実施率は頭打ち傾向にあり、心理的ハードルが指摘されています。「スピーカーで指令員と繋がっている」という安心感は、その心理的ハードルを下げる重要な装置です。
4. マンション・オフィスビル・住宅地で救急隊員を玄関まで誘導する
救急車は現場付近に到着しても、玄関までの最後の100mで時間をロスすることがよくあります。場面別の誘導のコツは次の通りです。
- マンション:オートロックの解錠・エレベーターを1階で待機・部屋のドアを開放しておく。同居家族か近隣住民に「1階で隊員を待って案内してほしい」と依頼
- オフィスビル:警備室・受付に連絡し、業務用エレベーターを確保。フロア入口に誘導員を立てる
- 戸建て住宅地:表札が見えにくい・路地が狭い場合、家族の誰かが大通りまで出て手を振る。夜間は懐中電灯やスマホライトを使う
- 独居高齢者宅:管理人・大家・近隣に応援を要請。鍵がかかっている場合は隊員にその旨を伝える(必要時は破壊解錠する)
誘導役と通報役を分けられない一人通報の場合は、玄関の鍵を事前に開けて、玄関ドアを少し開けた状態にしてからCPRに戻るのが現実的です。
5. 救急隊員到着時の「申し送り」——既往歴・服薬・かかりつけ医を即提示
救急隊員が到着してCPRを引き継いだら、家族はパニックのまま放心せず、次の情報を即座に渡せるようにしておくと、その後の搬送先選定・治療方針が一気にスムーズになります。
- お薬手帳(これがあれば既往歴・服薬がほぼ全て伝わる)
- かかりつけ医・通院中の病院名と診察券
- 直近の入院・手術歴(「3か月前に心臓カテーテル検査」など)
- アレルギー(薬剤・食物・造影剤)
- 倒れた状況の時系列(「19:30に夕食、20:05にトイレに立った直後に倒れた」)
特に「倒れる直前まで何をしていたか」「倒れてから何分経つか」は搬送先の救急医が最も知りたい情報です。胸痛で迷う場面の判断は胸痛で救急車を呼ぶ目安は?もご参照ください。
6. 子ども・独居高齢者の家族へ——日頃から準備しておく「救急シート」
救急科の現場で痛感するのは、「119番した瞬間にお薬手帳がどこにあるかわからない」家庭がとても多いということです。次の項目を1枚のA4紙にまとめて、冷蔵庫のドア・玄関ドア裏・お薬手帳の表紙に貼っておくことを強く推奨します。
- 氏名・生年月日・血液型
- かかりつけ医・病院名・連絡先
- 既往歴(高血圧・糖尿病・心疾患・脳卒中など)
- 常用薬一覧(お薬手帳の最新ページのコピーで可)
- アレルギー
- 緊急連絡先(家族2名以上)
- DNAR(蘇生処置を希望するか)の意思表示※高齢者・終末期の方
独居高齢者の場合は、自治体が配布している「救急医療情報キット」(冷蔵庫保管型の筒)を活用するとさらに確実です。お住まいの市区町村役場・地域包括支援センターに相談してください。なお、暑い時期に倒れた場合は熱中症の可能性も高く、応急処置は熱中症の応急処置マニュアルを参照してください。
7. まとめ——「電話を切らない・スピーカーにする・誘導する」の3原則
家族が倒れたときに最も大切なのは、CPRの完璧な手技ではなく、119番通報を切らずにスピーカーで指令員と繋がり続けることです。指令員はあなたが何もできなくても、声だけで救命処置をリードしてくれます。そして救急隊員が玄関にたどり着けるよう、家族で役割分担して誘導する——この3原則が、救急車到着までの数分間を最大化する答えです。
本記事の内容は一般的な情報提供であり、個別症例の診断・治療を代替するものではありません。緊急時は迷わず119番通報してください。

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