年齢・対象別BLS(一次救命処置)の違い完全整理|妊婦・乳児・小児・高齢者の心停止対応——救急科専門医が解説(2026年版)

「心停止のときは強く、速く、絶え間なく胸骨圧迫」——これは一次救命処置(BLS)の大原則です。しかし、その「強さ」「位置」「方法」は、対象が誰かによって大きく変わります。妊婦・乳児・小児・高齢者は、解剖や生理が成人標準とは異なるため、同じやり方では救命率が下がるか、最悪の場合は二次損傷を招きます。

本記事では、JRC蘇生ガイドライン2025とAHAガイドラインを踏まえ、「対象別BLSの違い」だけに絞って完全整理します。一般成人の標準BLS手順そのものや、ガイドライン2025の変更点総論については、別記事で詳細解説していますので、まずは下記をご参照ください。

▶ 成人標準BLSとAEDの正しい手順は AEDと心肺蘇生(CPR)の正しい手順|よくある誤解 をご覧ください。
▶ 2025年改訂の変更点総論は 心肺蘇生ガイドライン2025が変わった!4つの変更点 で詳しく解説しています。

1. なぜ対象別にBLSが変わるのか

BLSの目標は「脳と心臓への血流維持」と「除細動可能なリズムへの早期通電」の2点です。この目標自体は誰でも変わりません。しかし、以下の3つの違いから、対象別の調整が必要になります。

  • 解剖学的違い:胸郭サイズ、骨の強度、子宮の大血管圧迫など
  • 心停止の原因:成人は心原性(心室細動)が多いが、乳児・小児は呼吸原性(窒息・溺水)が大半
  • 合併症リスク:高齢者は骨折・出血、妊婦は胎児・母体両方の生命

つまり「胸骨圧迫・人工呼吸・AED」という骨格は同じでも、位置・深さ・補助手技が対象ごとに変わります。

2. 対象別BLS 一覧表(成人標準との違い)

対象 圧迫位置 圧迫の深さ 圧迫テンポ 補助手技・特記事項
成人標準(参考) 胸骨下半分(両手) 約5cm(6cmを超えない) 100〜120回/分 胸壁の完全な解除
妊婦(妊娠後半期) 胸骨下半分(成人と同位置) 約5cm 100〜120回/分 用手的子宮左方移動を併用
乳児(〜1歳未満) 乳頭間線のすぐ下の胸骨 胸の厚さの約1/3(約4cm) 100〜120回/分 1人法は指2本、2人法は胸郭包込み両母指法
小児(1歳〜思春期) 胸骨下半分 胸の厚さの約1/3(約5cm) 100〜120回/分 片手または両手(体格による)
高齢者 胸骨下半分(成人と同位置) 約5cm(深すぎ注意だが浅すぎは絶対NG) 100〜120回/分 骨折を恐れず継続。抗凝固薬服用歴を救急隊に伝達

3. 妊婦の心停止——「左へ寄せる」がカギ

妊娠後半期(おおむね妊娠20週以降、子宮底が臍を超える時期)の妊婦が仰臥位になると、増大した子宮が下大静脈と腹部大動脈を圧迫し、静脈還流が大幅に減少します。この状態で胸骨圧迫を行っても、心拍出量が成人標準の30〜40%しか得られないとされています。

3-1. 用手的子宮左方移動(Manual Left Uterine Displacement, LUD)

JRC蘇生ガイドライン2025では、妊娠後半期の妊婦CPR時に「仰臥位で蘇生の質を保ちながら、用手的子宮左方移動を行う」ことが提案されました。これは1名の救助者が母体の左側に立ち、両手で妊娠子宮を母体の腹側(前方)に持ち上げるように、患者の左側へ寄せる手技です。

3-2. 死戦期帝王切開(Perimortem Cesarean Delivery)

妊娠20週以降の心停止で4分以内にROSC(自己心拍再開)が得られない場合、5分以内の死戦期帝王切開が母体救命のために推奨されます。これは病院内対応ですが、市民救助者は「救急要請時に妊娠週数を必ず伝える」ことが重要です。

【妊婦でやってはいけないこと】左側臥位を作るために体を大きく傾けると胸骨圧迫の質が著しく低下するため、「体を傾ける」のではなく「子宮を寄せる」が正解です。傾斜30度を超えると圧迫深度が確保できません。

4. 乳児(〜1歳未満)のBLS——「指2本・約4cm」

乳児の心停止原因の大半は呼吸原性(窒息・SIDS・気道感染)です。そのため、人工呼吸の重要度が成人より高いのが特徴です。

  • 圧迫位置:両乳頭を結ぶ線のすぐ下、胸骨下半分
  • 1人法:中指と薬指の指2本で圧迫
  • 2人法:両手で胸郭を包み込み、両母指で圧迫(cardiac output が指2本法より高い)
  • 深さ:胸の厚さの約1/3=約4cm
  • 圧迫:換気比:1人法30:2、2人法15:2

乳児の窒息(チョーキング)時の異物除去手技(背部叩打+胸部突き上げ)については、別記事 子どもの誤嚥・窒息事故を防ぐために をご参照ください。窒息で意識消失した場合は通常のBLSへ移行します。

【乳児でやってはいけないこと】成人と同じく手のひら全体で圧迫すると、胸郭の柔らかい乳児では肝損傷・肺挫傷を起こします。「指2本」または「両母指」の原則を必ず守ってください。

5. 小児(1歳〜思春期)のBLS——「片手か両手か」は体格で判断

1歳から思春期(おおむね第二次性徴開始まで)の小児は、体格差が大きいため、画一的なルールではなく「胸の厚さの1/3が圧迫できるか」を基準に判断します。

  • 幼児・体格の小さな学童 → 片手で十分
  • 大柄な学童・思春期前 → 両手(成人と同じ)
  • 深さ目安:約5cm(成人より浅め)

小児も呼吸原性心停止が多いため、人工呼吸の併用が予後を改善します。プールや浴槽での溺水時のBLSは独自の注意点が多く、水を吐かせるための腹部突き上げは禁忌です。詳しくは 子どもの溺水・水難事故 をご覧ください。

【小児でやってはいけないこと】「子どもだから優しく」と圧迫が浅くなる傾向があります。胸の1/3まで沈み込まない圧迫は無効です。骨折を恐れて緩めるより、しっかり押すことが救命率を上げます。

6. 高齢者のBLS——「骨が折れても圧迫は止めない」

高齢者BLSで最大の落とし穴は、骨粗鬆症や抗凝固薬服用への配慮で圧迫が浅くなることです。日本救急医学会・日本心臓財団も明言していますが、肋骨骨折は心肺蘇生の合併症として一定頻度で起こります。しかし、心停止1分の遅延で救命率は7〜10%低下します。

6-1. 抗凝固薬服用者への配慮

ワルファリンやDOAC(リクシアナ・エリキュース・イグザレルト・プラザキサ等)を服用している高齢者は、胸骨圧迫による胸腔内出血リスクが上がります。ただしBLS手技を変更する必要はありません。重要なのは「救急隊到着時に服薬内容を必ず伝える」ことです。お薬手帳の準備を含めて家族の協力が鍵になります。

6-2. DNAR(蘇生拒否)の意思確認

在宅医療や施設入所の高齢者では、ACPに基づくDNAR指示が文書で残されている場合があります。判断に迷う場合はBLSを開始しつつ救急要請し、救急隊・かかりつけ医に判断を委ねるのが現実的です。

【高齢者でやってはいけないこと】「骨が折れそう」「ご高齢だから」と圧迫を緩めること。骨折は治療できますが、失われた命は戻りません。標準の深さ・テンポを守ってください。

7. AED使用上の対象別ポイント

  • 妊婦:AED使用は完全に安全。胎児への影響なし
  • 乳児・1歳未満:小児用パッド・小児モードを優先。なければ成人用で代用可
  • 小児(1〜8歳):小児用パッドを推奨、なければ成人用(前後貼付)
  • 高齢者:胸毛・湿潤・ペースメーカー埋込部位を避けて貼付

8. まとめ——「同じBLSでも、対象で違う」を覚えておく

BLSは「強く・速く・絶え間なく」が骨格ですが、妊婦は子宮を寄せる、乳児は指2本で4cm、小児は片手か両手、高齢者は骨折を恐れない——この4点だけ覚えておけば、いざという時の判断が変わります。基本手順の復習は AEDと心肺蘇生(CPR)の正しい手順 、最新ガイドラインの変更点詳細は 心肺蘇生ガイドライン2025の4つの変更点 を併せてご確認ください。

本記事は2026年5月時点のJRC蘇生ガイドライン2025およびAHAガイドラインに基づきますが、個別の医療判断は主治医にご相談ください。

参考資料

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