百日咳が2026年に急増——成人の長引く咳と乳児リスク|診断・抗菌薬・耐性株とワクチンを救急科専門医が解説

「3週間以上、夜になると咳き込んで吐きそうになる」——そんな成人患者さんが2025年から急増しています。その正体は百日咳(Bordetella pertussis感染症)であることが少なくありません。WHO・CDC・国立感染症研究所(NIID)のいずれも、2024年からの世界的なアウトブレイクが2026年も継続していると警告しています。本記事では救急科専門医として、成人の長引く咳と乳児の重症化リスク、診断・抗菌薬・耐性株・ワクチン戦略まで2026年最新の知見を整理します。

2024年からの世界的アウトブレイクと国内動向

2024年以降、欧州・北米・中国・東南アジアで百日咳の報告数が前年比で10倍以上となる地域が相次ぎ、WHOは公衆衛生上の懸念事項として注意喚起を継続しています。日本国内でも国立感染症研究所(NIID)の感染症発生動向調査で、2024年から2025年にかけて成人例を中心に報告数が大きく伸び、2026年に入っても増加傾向は止まっていません。背景には、コロナ禍での流行抑制によって集団免疫が低下したこと、思春期・成人での追加免疫が不十分であることが挙げられます。

制度面では、2018年1月1日の感染症法改正で百日咳が5類全数把握感染症へ移行し、それまでの小児科定点把握から全例届出に変わりました。これにより成人例が可視化されるようになり、2024-2025年の急増もこのサーベイランスで早期に検知されています。5月は学校・保育園・職場での集団感染が顕在化しやすい時期で、家族内伝播から乳児への波及が懸念されます。

起因菌と感染力——R0が極めて高い飛沫感染症

百日咳の原因菌はBordetella pertussis(百日咳菌)というグラム陰性桿菌で、ヒトのみを宿主とします。よく似た症状を起こすB. parapertussis(パラ百日咳菌)も存在しますが、一般に経過は軽症で、抗体検査では区別がつきません。基本再生産数R0は12〜17と推定され、麻疹に匹敵する高い感染力を持ちます。咳やくしゃみによる飛沫感染が中心で、家庭内・教室内での伝播が極めて速いことが特徴です。

3つの病期——カタル期・痙咳期・回復期

典型的な経過は3つの病期に分かれます。

  • カタル期(1〜2週):鼻汁・微熱・軽い咳で、ふつうの風邪と区別がつきにくい時期。実はこの時期が最も感染性が高く、家族や同僚に菌をまき散らしてしまいます。
  • 痙咳期(2〜4週、ときに6週以上):発作性の連続した咳の後に「ヒューッ」という吸気性笛声(whoop)が聞かれ、咳の発作後に嘔吐するのが古典像です。夜間に増悪しやすく、顔が真っ赤になるほど咳き込みます。
  • 回復期(数週〜数か月):咳の頻度・強度は徐々に減りますが、しつこく数か月続くことから「100日咳」と呼ばれてきました。

成人例は「笛声なし・長引く乾性咳のみ」が多い

成人ではワクチン既接種者が大半のため、典型的な笛声や咳発作後の嘔吐を伴わず、3週間以上続く乾性咳だけで受診するケースが多数を占めます。喘息・感冒後咳嗽・逆流性食道炎と誤診されたまま、自宅で家族に伝播するパターンが頻発しています。「市販の咳止めで治まらない」「夜中だけ咳発作で目が覚める」「咳のたびに尿が漏れる、肋骨が痛い」といった訴えがあれば、百日咳を必ず鑑別に入れるべきです。

3週間以上続く咳の鑑別整理は、関連記事:長引く咳が止まらない原因は?——咳嗽・喀痰の診療ガイドラインの最新対応版 も合わせてお読みください。慢性気流制限の鑑別については COPD(慢性閉塞性肺疾患)とは?2026年最新ガイドライン対応 が参考になります。

乳児の重症化リスク——救命困難になる病態

生後6か月未満の乳児が百日咳に罹患すると、咳発作の代わりに無呼吸発作・チアノーゼを主症状とすることがあり、突然の心肺停止につながりかねません。重症例では肺高血圧症、白血球が著増する「百日咳脳症」、二次性細菌性肺炎を併発し、集中治療を要しても救命困難になる転帰を取ることがあります。日本国内でも乳児の重症例は毎年継続して報告されており、家族・きょうだいからの伝播が最大の感染経路です。

同じ春〜夏に流行る小児感染症の鑑別については、関連記事:手足口病・ヘルパンギーナ・プール熱——2026年夏の三大夏かぜ も参照してください。

診断——LAMP法・PCR・血清抗体・培養

百日咳の確定診断には以下が用いられます。

  • LAMP法・PCR(鼻咽頭ぬぐい液):発症1〜2週以内であれば感度が高く、現在のスタンダード。
  • 血清抗体(抗PT-IgG):発症2〜4週以降に上昇。1回の高値、またはペア血清で4倍以上の上昇で診断。ワクチン接種後1年以内の上昇は判定除外。
  • 培養:特異度は高いが感度が低く時間もかかるため、臨床現場では補助的。

痙咳期に入ってからの受診では菌量が減るため、PCRが陰性でも臨床的に強く疑えば抗体検査を追加します。

治療——マクロライド系抗菌薬とマクロライド耐性株への注意

第一選択はマクロライド系抗菌薬、アジスロマイシン5日間またはクラリスロマイシン7日間です。発症早期(カタル期〜痙咳期初期)に開始すれば症状を軽減できますが、痙咳期後半以降は症状改善効果は限定的で、主な目的は周囲への感染拡大防止になります。マクロライド禁忌例ではST合剤が代替として用いられます。

家族や濃厚接触者に乳児・妊婦・未接種者がいる場合、たとえ無症状であっても同じレジメンの予防内服が強く推奨されます。特に生後12か月未満の児がいる家庭での予防投与は乳児の重症化を防ぐ最重要対策です。

近年はマクロライド耐性株(MRBP)の分離頻度が上昇していることが日本国内でも報告されており、日本小児科学会・日本周産期新生児医学会から繰り返し注意喚起が出されています。重症例・乳児例・治療開始後も改善しない症例では、ST合剤への変更や併用が検討されます(ST合剤は新生児・低出生体重児・妊婦には禁忌)。診断確定後も経過観察を怠らず、症状が改善しない場合は早めに専門医療機関へ相談することが大切です。

ワクチン——5種混合・三種混合追加接種・Tdap

日本の定期接種では、生後2か月から5種混合(DPT-IPV-Hib)として初回3回+追加1回が組まれています(2024年4月から定期接種に追加)。しかし百日咳の免疫は経年的に減衰するため、就学前後から成人にかけての追加免疫が課題でした。日本小児科学会は2018年8月から、5〜7歳(就学前1年間)での三種混合(DTaP)任意接種を推奨しており、MR2期(麻疹風疹2期)との同時接種が望ましいとされています。さらに2024〜2025年の流行を受けて、思春期以降のTdap任意接種、医療従事者・育児世代へのブースター接種も学会から繰り返し呼びかけられています。

海外(CDC・英国NHS等)では、新生児に経胎盤抗体を獲得させる目的で妊娠後期のTdap接種が標準となっています。日本でも医療従事者・育児中の家族・高齢者施設職員などは任意接種でのブースターを検討する価値があります。

鑑別診断と救急受診の目安

3週間以上続く咳の鑑別には、マイコプラズマ感染症、肺結核、咳喘息・気管支喘息、感染後咳嗽、逆流性食道炎、ACE阻害薬関連咳嗽、副鼻腔炎後鼻漏症候群などがあります。問診で家族や職場の咳症状、ワクチン歴、夜間増悪、嘔吐を伴う発作の有無を確認すると鑑別が進みます。

救急受診の目安は次の通りです。

  • 乳児で無呼吸・顔色不良・チアノーゼ・哺乳不良がみられる
  • 連続する咳発作で呼吸ができない・嘔吐を繰り返す
  • 成人で2週間以上咳が続き、家族に乳児や妊婦がいる
  • 意識障害・けいれん・呼吸困難を伴う

まとめ——「長引く咳」を放置しない

百日咳は2026年も国内外で増加が続く感染症で、成人の長引く咳が乳児の救命困難な病態へ波及する典型的な「家族内伝播型」疾患です。3週間以上続く咳、夜間の発作性咳嗽、咳に伴う嘔吐がある場合は、迷わず医療機関で相談し、PCRや血清抗体検査での確定診断を受けてください。家庭内に乳児や妊婦がいるならば、診断確定前から予防内服やワクチン追加接種の検討を医師と進めることが、最も効果的な「未来の救急搬送」を減らす一手になります。

本記事は救急科専門医による一般向け解説であり、個別の診断・治療を保証するものではありません。症状が続く場合は必ず医療機関を受診してください。

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