この記事は、看護師・研修医・救急救命士・急変対応に関わる多職種の医療者に向けて、救急科専門医が一次救命処置(BLS)から二次救命処置(ALS)における気道管理とバッグバルブマスク(BVM)換気の「実際の落とし穴」を解説するものです。手技は知っているつもりでも、実際の蘇生現場で最も差が出るのが換気の質です。本記事は当院ブログの蘇生・急変対応シリーズの一つで、心肺蘇生ガイドライン2025の全体像、院内急変の早期認識(RRS・NEWS)、心拍再開(ROSC)後の呼吸管理を扱う関連記事と併せてお読みいただくことを想定しています。
なぜ「換気の質」が予後を左右するのか
心停止対応において、胸骨圧迫の質が重視されることは広く知られていますが、換気もまた同じくらい繊細な手技です。多くの医療者が無意識にやってしまう最大の落とし穴が「過換気(換気しすぎ)」です。ここでいう過換気は、意識のある患者さんが心因性・パニックで起こす過換気症候群とは全く別の概念で、蘇生中に救助者がバッグを押しすぎることによる医原性の害を指します。両者を混同しないことが、まず出発点になります。
換気を送るたびに胸腔内圧が上昇します。胸骨圧迫がつくり出すわずかな血流は、胸腔内が「陰圧に戻る」タイミングで心臓へ静脈血が戻ることに支えられています。ところが過剰な換気で胸腔内圧が高い状態が続くと、この静脈還流(心臓に戻る血流)が妨げられ、結果として心拍出量が低下し、冠灌流圧・脳灌流圧も下がってしまいます。つまり換気1回ごとに、その分だけ冠灌流圧が削られていくイメージです。せっかくの胸骨圧迫の効果を、救助者自身が換気で打ち消してしまうのです。
もう一つの害が胃膨満です。心停止では食道入口部を閉じる筋緊張が失われており、送気の勢いが強く速いほど、空気が気管ではなく食道を通って胃へ流れ込みます。胃が膨らむと横隔膜が押し上げられて肺が広がりにくくなり、さらに胃内容の逆流・誤嚥を招きます。「良かれと思って強く速く押す」ことが、むしろ生存率を下げ得るという事実は、チーム全員で繰り返し確認しておきたい点です。
用手的気道確保 ─ 器具の前にまず気道を開く
換気の前提は、開通した気道です。意識のない傷病者では舌根沈下で気道が閉塞します。外傷が疑われない場合の基本は頭部後屈顎先挙上法(head tilt-chin lift)で、片手で額を押し下げ、もう一方の指で下顎の骨を持ち上げます。頸椎損傷が疑われる外傷例では、頭部を動かさずに下顎だけを前方へ押し出す下顎挙上法(jaw thrust)を選択します。
用手だけで気道が保ちにくいときは補助器具を使います。経口エアウェイは口角から下顎角までの長さでサイズを選びますが、咽頭反射が残る半覚醒の患者では嘔吐を誘発するため禁忌です。反射が残る場合は経鼻エアウェイを検討しますが、頭蓋底骨折が疑われる顔面外傷では避けます。器具はあくまで用手気道確保の補助であり、サイズと適応・禁忌を外すとかえって気道を悪化させる点に注意が必要です。
BVM換気の技術 ─ 一人法の限界と二人法の優位性
BVM換気で最も難しいのはマスクの密着(シール)です。一人法では片手でマスクを保持しながらバッグを押しますが、親指と示指でCの字を作りマスクを顔に押し当て、残りの指で下顎を引き上げるEC法が基本です。しかし一人でシールと下顎挙上を同時に十分行うのは難しく、リークが生じやすいのが現実です。
そこで推奨されるのが二人法です。一人が両手でマスクを保持して確実にシールと気道確保を行い、もう一人がバッグを押します。両手でマスクを保持する際は、母指球でマスクを押さえる母指球法(thenar eminence法)が、従来のCE法より高いシール圧と換気量を得られるとされ、手の小さい救助者でも安定します。人員がいる院内急変や救急外来では、迷わず二人法を選択してください。応援要請のタイミングそのものが換気の質を決めるため、早期認識と人の集め方は院内急変対応(RRS・RRT)の記事も参考になります。
「押しすぎない」換気量と換気回数
適切な1回換気量の目安は約6〜7mL/kg、成人ではおおむね500mL前後で、視覚的には「胸が軽く上がる」程度です。バッグを握りつぶすように全量送る必要はありません。1回の送気は約1秒かけて、ゆっくり送るのがコツです。速く強く押すほど胃へ流れ込みやすくなるため、「量」だけでなく「速さ」も控えめが原則です。
成人の心停止で高度な気道確保がなされていない場合は圧迫30回に対し換気2回、声門上デバイスや気管チューブが留置され圧迫を中断しない非同期換気になった場合は、およそ6秒に1回(約10回/分)を上限の目安とします。JRC蘇生ガイドライン2025でも、人工呼吸はおよそ10回/分程度とし、過換気を避けることが明確に求められています。焦って回数を増やすほど予後を悪化させ得るという逆説を、チーム全員で共有しておくことが重要です。
気道管理のステップアップ ─ 声門上デバイス・挿管と輪状軟骨圧迫の位置づけ
BVMで換気が維持できない、あるいは長時間の管理が必要な場合は、声門上デバイス(ラリンゲアルマスク等)や気管挿管へステップアップします。JRC蘇生ガイドライン2025では、CPR中の気道管理としてBVM換気と高度な気道確保のいずれも選択肢となり(弱い推奨)、声門上デバイスは訓練を受けた救助者が使用を考慮してよいとされています。デバイスの選択は、救助者の習熟度・現場の状況・搬送の必要性を踏まえて判断します。個々の挿管手技の詳細は本記事の範囲を超えますが、「BVMで換気できているか」を常に評価しながら段階を上げる姿勢が基本です。
かつて誤嚥防止のためルーチンで行われていた輪状軟骨圧迫(Sellick法)は、換気や挿管をむしろ妨げる場合があり、現在はルーチンでの使用は推奨されない方向にあります。反射的に助手へ指示する前に、本当に有益かを立ち止まって考える必要があります。
換気が有効かをどう評価するか
換気の評価は主観に頼らず客観指標で行います。ベッドサイドでまず見るのは胸郭の挙上ですが、より確実なのがカプノグラフィ(EtCO2の波形と数値)です。EtCO2は気道確保・換気が有効に行われているかの確認だけでなく、胸骨圧迫の質やROSCの早期察知にも役立ちます。ROSC後の呼吸管理においても、EtCO2やSpO2を指標に過換気・過剰酸素を避ける管理が続きます(詳しくはROSC後ケア・体温管理療法の記事で解説しています)。この「過換気を避ける」という原則は、蘇生の入口であるBVM換気から心拍再開後まで一貫して流れる、急変対応の背骨と言える考え方です。
よくある質問(FAQ)
Q. 二人法をやりたいのに人手が足りないときは?
まず大声で応援を呼ぶことが最優先です。それでも一人で対応せざるを得ないときは、シールを最優先に確保し、量より「確実に胸が上がること」を狙います。経口/経鼻エアウェイを併用するとリークが減り、一人でも換気しやすくなります。
Q. しっかり押しているのにEtCO2が低いままです。
マスクのリーク、気道の開通不良、あるいは胸骨圧迫の質の低下を疑います。EtCO2が持続的に低い場合は「換気が届いていない」サインとして、シールの取り直し・気道の再確保・圧迫の見直しを順に確認してください。数値の突然の上昇はROSCの手がかりにもなります。
Q. 小児のBVM換気で気をつけることは?
小児は相対的に舌が大きく気道が細いため、過屈曲・過伸展いずれも閉塞を招きます。体格に合ったマスクと自己膨張式バッグを選び、成人以上に「胸が軽く上がる程度」を厳守します。押しすぎによる胃膨満と圧損傷のリスクは小児でより顕著です。
医療職向け活用ポイント ─ 院内での共有のしかた
この内容は、病棟・外来のシミュレーション研修や、急変対応のブリーフィングでそのまま使えます。共有する際のポイントを挙げます。
- 「換気はていねいに、控えめに」を合言葉として、チーム全員の共通言語にする。
- 役割分担(マスク保持係・バッグ係・タイムキーパー)を平時に決めておき、6秒に1回のペースを声に出してコールする。
- 新人・多職種と一緒に、実際のバッグで「胸が軽く上がる量」の感覚を手で覚える練習を短時間でも取り入れる。
- カプノグラフィの波形の読み方を、蘇生の質評価とROSC察知の両面から共有する。
まとめ ─ 押しすぎないことが最大の技術
気道管理とBVM換気の要点は、(1)まず用手的気道確保で気道を開く、(2)人がいれば二人法・母指球法で確実にシールする、(3)胸が軽く上がる量(約500mL)を約1秒かけて、約10回/分で、決して押しすぎない、(4)カプノグラフィで有効性を客観評価する、の四つに集約されます。緊急の現場ほど「速く強く」に流れがちですが、換気に関しては「ていねいに、控えめに」が予後を守ります。蘇生の全体像は心肺蘇生ガイドライン2025の記事で確認し、日頃のシミュレーション訓練でチーム全員が同じ基準を共有しておくことが、いざというときの一歩になります。
参照ソース
- 日本蘇生協議会(JRC)「JRC蘇生ガイドライン2025」 https://www.jrc-cpr.org/jrc-guideline-2025/
- 日本救急医学会 https://www.jaam.jp/
- 日本麻酔科学会 気道管理ガイドライン https://anesth.or.jp/users/person/guide_line/management
本記事は救急科専門医が一般的な医学的知見をもとに解説したものであり、個別の診療・救命処置は各施設のプロトコルおよび最新のガイドラインに従ってください。

コメント