高齢者が転倒して頭を打った——このとき最も多い判断ミスが「普通に話しているから大丈夫」と様子を見てしまうことです。高齢者の頭部打撲は、弱い衝撃でも出血しうること、血液をサラサラにする薬の影響を受けること、症状が出るまで数週間〜3か月の時間差が生じうることが若い人と決定的に違います。救急科専門医が、すぐ救急車を呼ぶサインと家族の観察項目を整理します。
東京消防庁のデータでは、令和2年から令和6年までの5年間に、日常生活中の事故で42万人以上の高齢者が救急搬送されています。うち「ころぶ」事故が全体の8割以上。ころぶ事故は住宅などの居住場所で最も多く、その居住場所内では屋内での発生が9割以上を占めます。しかもころぶ事故では約4割が入院の必要がある中等症以上と診断されています。消費者庁も、転倒によるけがは「頭」「顔・首」に多いと注意喚起しています。なお小児は見るべき目安が異なるため子どもが頭を打った時の危険なサインをご覧ください。
高齢者が転倒して頭を打った時、なぜ「直後に平気」でも危険なのか
1. 脳が萎縮し、脳と頭蓋骨をつなぐ静脈が引き伸ばされている
加齢で脳は萎縮し、脳と頭蓋骨のあいだに隙間ができます。この隙間を橋渡しする細い静脈(架橋静脈)は引き伸ばされており、頭が揺さぶられただけで切れやすい——これが急性硬膜下血腫のおもな原因です。さらに隙間がある分、少量の出血ではすぐに脳が押されないため症状が出ません。そして残った血のまわりには薄い膜ができ、その膜からの出血がくり返されて血腫が少しずつ大きくなっていきます(慢性硬膜下血腫)。「直後は元気」と「あとから悪化」が両立する理由です。
2. 血液をサラサラにする薬を飲んでいる
心房細動や脳梗塞後などで抗凝固薬・抗血小板薬を内服中の方は多く、これらの薬は切れた血管が止まりにくくなるため、硬膜下血腫の危険因子として一貫して挙げられています。内服中の方は元気に見えても、その日のうちに医療機関へ相談してください。ただし自己判断で薬をやめないこと。中止は脳梗塞などの別のリスクを上げるため、判断は必ず医師が行います。
3. 本人が異変を訴えない
迷惑をかけたくないと転倒を隠す方、認知機能の低下で転んだこと自体を覚えていない方もいます。本人の申告ではなく、周囲が客観的な項目で見ることが必要です。
【ためらわず119番】すぐ救急車を呼ぶサイン
- 反応が乏しい、意識がもうろうとしている/短時間でも意識を失った
- くり返し吐く/けいれんを起こした
- ろれつが回らない、言葉が出ない、話がかみ合わない
- 片側の手足に力が入らない、顔の片側が下がっている
- 頭痛がだんだん強くなる
- 耳や鼻から血や透明な液が出ている
- 動けない、首や腰が強く痛む(頸椎損傷・骨折の併発)
1つでもあれば救急車を要請してください。首を痛めている可能性があるときは、無理に起こしたり歩かせたりしないこと。通報のしかたと到着までにできることは家族が突然倒れた時の119番通報のコツにまとめています。
【その日のうちに受診】症状がなくても当日中に病院へ
- 抗凝固薬・抗血小板薬を内服している(症状がなくても)
- 階段や脚立など高いところから落ちた
- 大きなこぶ、切り傷、皮下出血がある
- 打った前後の出来事を思い出せない
- 一人暮らしで夜間に様子を見る人がいない
- 透析中・肝臓の病気など出血しやすい持病がある
受診時はお薬手帳を必ず持参してください。何を飲んでいるかが判断を左右します。
「転んだ」のではなく「倒れた」可能性を必ず考える
高齢者が転倒して頭を打った場面には、つまずいて転んだものと、意識を失って倒れたもの(失神)が混在しています。前者は頭のけがを評価すれば足りますが、後者は不整脈、起立性低血圧、脳卒中、低血糖、脱水、薬の副作用など倒れた原因そのものが命に関わり、原因を放置すればくり返します。意識を失って倒れると受け身が取れず、頭のけがも重くなりやすい点も重要です。
次のいずれかに当てはまるときは、頭の検査だけで終わらせず「なぜ倒れたのか」の評価も依頼してください。
- つまずいた記憶がなく、気づいたら床にいた
- 倒れる前に目の前が暗くなった、冷や汗、動悸、吐き気があった
- 胸の痛み、息苦しさ、動悸をともなった
- 手足の力が入らない、しゃべりにくいなど脳卒中を思わせる症状があった
- 糖尿病の薬やインスリンを使っている(低血糖)
- くり返し転んでいる、または血圧・不整脈・眠剤の処方が最近変わった
受診時は「転んだ」ではなく「気づいたら倒れていた」「立ち上がった直後に倒れた」など、倒れ方をそのまま伝えてください。この一言が心電図や血液検査といった必要な評価につながります。
数週間〜3か月後に現れる慢性硬膜下血腫——認知症と間違われる
高齢者の頭部打撲で最も見落とされやすいのが慢性硬膜下血腫です。受傷直後の検査が正常でも、脳の外側にじわじわ血液がたまって脳を圧迫していきます。症状が出るのは受傷後1〜2か月ごろが典型で、幅としては2週間〜3か月ごろとされています。60歳以上、お酒をよく飲む方、抗凝固薬・抗血小板薬の内服、脳萎縮が強い方でリスクが上がります。問題は現れ方です。
- 物忘れが増えた、反応が遅い
- 意欲がない、ぼんやりしている、性格が変わったように見える
- 歩きにくい、足が出ない、転びやすくなった
- 尿失禁が新しく出てきた
- 片方の手足が使いにくい、しびれる
意欲の低下、性格の変化、反応の低下といった認知症によく似た症状として現れるため、「急に認知症が始まった」「年のせい」と受け止められてしまうのです。一方で頭部CTやMRIで診断でき、多くは局所麻酔で頭蓋骨に小さな穴を開けて血液を洗い出す手術(穿頭ドレナージ術)で症状の改善が期待できる病気です。数か月以内に頭を打った方に上記の変化が出たら、認知症外来より先に脳神経外科への相談を検討してください。
また慢性硬膜下血腫は、鴨居に軽くぶつけた、酔って転んだなど本人が覚えていない程度の軽い外傷でも起こり、外傷歴がはっきりしない場合があるとされています。転んだ記録がなくても、数週間で歩き方と物忘れが同時に悪くなったら疑うのが実際的です。
家族・介護者の観察期間とチェックリスト
- 受傷後24〜48時間:会話がかみ合うか、吐いていないか、頭痛が強まっていないか、手足の動きに左右差がないかを確認
- その後数日〜1週間:薬を内服中の方は遅れて症状が出ることがある。ふらつき・眠りがちな変化に注意
- 2週間〜3か月:物忘れ・意欲低下・歩行悪化・尿失禁の新規出現を「老化」と片づけない
転倒した日付をカレンダーや連絡ノートに残してください。数週間後の受診で「いつ頭を打ったか」の一言が診断の決め手になります。
医師は何を見て頭のCTを判断しているのか
救急外来でまず除外したいのは、数時間で急速に悪化しうる急性硬膜下血腫・急性硬膜外血腫・頭蓋骨骨折です。全員にCTを撮るわけではなく、意識の状態、繰り返す嘔吐、記憶の抜け、高齢であること自体や血液をサラサラにする薬の内服といった目安を組み合わせて判断します。日本脳神経外科学会・日本脳神経外傷学会が監修する「頭部外傷治療・管理のガイドライン」でも、こうした背景をもつ患者では画像評価と経過観察が重視されています。高齢者と抗凝固薬内服中の方は、はじめから「撮る側に傾く」条件を持っているのです。
併発する外傷と、次の転倒を防ぐ
高齢者の転倒では大腿骨近位部骨折(脚の付け根)、手首の骨折、頸椎損傷が同時に起きていることがよくあります。頭に注意が向き、立てない・首が痛いという訴えが後回しになるのは避けたいところです。転倒事故の約半数は住み慣れた自宅で起きており、消費者庁が挙げる環境整備(電源コードは通り道に置かずまとめる、めくれやすいカーペットの端を固定、段差に足元灯、浴室・脱衣所に滑り止め、階段や玄関に手すり)とふらつきの原因になりうる薬の見直しが予防の柱です。
よくある質問
打った直後は普通に話していました。それでも受診が必要ですか?
直後の様子だけでは安全と判断できません。薬を内服中、高所からの転落、記憶の抜け、一人暮らしのいずれかがあれば当日中に受診を。
いつまで様子を見ればよいですか?
急性の変化は24〜48時間、薬を内服中の方はその後数日も注意が必要です。さらに2週間〜3か月は物忘れ・歩行・失禁の変化を見ておくのが安全です。「様子を見る」は「放置する」ではありません。
頭を打った覚えがないのに物忘れが増えました
慢性硬膜下血腫は本人が覚えていない軽微な外傷でも起こります。数週間の単位で物忘れと歩行障害が同時に進んだら、脳神経外科で頭部CT・MRIによる評価を検討してください。
慢性硬膜下血腫は認知症と間違われるのですか?
意欲の低下、性格の変化、反応の低下、歩きにくさなど認知症によく似た症状がゆっくり現れるため、認知症や加齢による変化として受け止められることがあります。頭部CTやMRIで診断でき、多くは局所麻酔での穿頭ドレナージ術で症状の改善が期待でき、術後1週間ほどで退院できることが多い病気です。数か月以内に頭を打っている場合は脳神経外科へ相談してください。
血液をサラサラにする薬を飲んでいます。転んだら薬をやめるべき?
自己判断での中止はしないでください。中止で脳梗塞や血栓症のリスクが上がります。頭を打った事実と服用中の薬を伝え、判断は医師に委ねてください。
何科を受診すればよいですか?
119番サインがあれば救急外来、症状がない場合や数週間後の変化は脳神経外科です。判断に迷うときは救急相談窓口(#7119)へ。ただし#7119は全国一律ではなく、本記事の執筆時点では全国41地域での運用です。対象外の地域ではかかりつけ医や自治体の医療相談窓口に連絡し、上記の119番サインがあれば迷わず119番してください。
本記事は一般向けの情報提供であり、個々の診断・治療を決めるものではありません。迷う場合は必ず医療機関を受診してください。
参照ソース(一次情報)
- 一般社団法人 日本脳神経外科学会(「頭部外傷治療・管理のガイドライン」監修学会)
- Mindsガイドラインライブラリ(日本医療機能評価機構):頭部外傷治療・管理のガイドライン 第4版
- 東京消防庁:救急搬送データからみる高齢者の事故
- 総務省消防庁:救急安心センター事業(♯7119)ってナニ?(実施地域一覧)
- 消費者庁:10月10日は「転倒予防の日」、高齢者の転倒事故に注意しましょう
- 消費者庁:みんなで知ろう、防ごう、高齢者の事故
- 近畿大学医学部 脳神経外科:慢性硬膜下血腫
- 社会福祉法人 恩賜財団 済生会:慢性硬膜下血腫とは
- 関東労災病院(労働者健康安全機構):頭部外傷(スポーツ外傷、慢性硬膜下血腫)について

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