昨日まで普通に話していた親が、急につじつまの合わないことを言い出した——高齢者のこうした急な変化は、認知症ではなくせん妄かもしれません。夜になると「知らない人がいる」と騒ぐ。入院したとたん別人のようになった。こうした変化を見て「とうとう認知症になった」と考える家族は少なくありませんが、数時間から数日で急に起きた変化なら、まず疑うのはせん妄です。せん妄の裏には、肺炎や脱水、薬の影響といった体の問題が隠れていることがあります。救急科専門医が、家族が確認できる3つのことと、その日のうちに受診してほしいサインを、学会のガイドラインと厚生労働省の資料に沿って解説します。
「急にボケた」は、せん妄かもしれません
日本神経学会の「認知症疾患診療ガイドライン2017」は、せん妄をこう説明しています。
せん妄は意識障害を伴う急性の精神症状で,注意の集中や維持が困難となる状態である.身体疾患や環境の変化,薬剤による影響などが誘因となることが多い.
ポイントは「意識障害」と「急性」です。せん妄は脳の働きが一時的に落ちている状態で、ゆっくり進む病気ではありません。同じガイドラインは、認知症と区別すべき病態として、加齢に伴う正常なもの忘れ・うつ病と並んでせん妄を挙げています。
日本認知症学会のマニュアルは、せん妄の見え方をもっと具体的に書いています。ぼーっとして反応が鈍い、会話にまとまりがない、幻覚や妄想がある、動き回るなど無目的な行動を繰り返す——いわゆる「騒ぐ」せん妄です。一方で、
あるいは逆に急に食事を摂らなくなる、話をせずにじっとしているなど精神活動の低下を示す
という形もあります。静かなせん妄は「疲れているだけ」「元気がないだけ」に見えるので、家族も医療者も見落としやすいタイプです。
せん妄と認知症の違い:見るのは「変化の速さ」と「波」
認知症疾患診療ガイドライン2017は、せん妄とAlzheimer型認知症の違いを表にまとめています。家族が観察できる形に置き換えると、次のようになります。
- 始まり方:せん妄は急激(数時間~数日)。認知症は潜在性(数か月~数年)で、いつからと言いにくい
- 経過:せん妄は動揺性で、良い時間と悪い時間が入れ替わる。夕方から夜にだけ悪くなる形(夜間せん妄)もある。認知症は慢性進行性
- 最初に目立つこと:せん妄は注意集中困難・意識障害。話しかけても視線が合わない、話の途中で注意がそれる。認知症は記憶障害から
- きっかけ:せん妄は誘因が多い。熱が出た、入院した、薬が変わった、といった出来事のあとに起きる
ただし、二つははっきり分かれるものではありません。ガイドラインは「せん妄と認知症は合併してみられることが多い」と書いていますし、日本認知症学会のマニュアルは「認知症の人は、体調や環境のわずかな変化でもせん妄を引き起こしやすい」「認知症の症状が急速に悪化したときは、まずせん妄の合併を疑う必要があります」としています。すでに認知症と診断されている親が急に悪くなったときこそ、せん妄を疑ってください。
確認①:体の病気のサインがないか(熱・水分・便・痛み)
救急外来で「急におかしくなった」高齢の方を診るとき、最初に探すのは体の病気です。日本認知症学会のマニュアルは、せん妄の誘因として次を挙げています。
- 脱水や発熱、疼痛、便秘
- 感染症(インフルエンザ、COVID-19(コロナ)、肺炎、尿路感染症、感染性胃腸炎など)
- 代謝障害(肝障害、腎障害など)、心不全、呼吸不全
高齢の方は、肺炎でも咳や高い熱がはっきり出ないことがあります。そして本人は症状をうまく言えません。マニュアルはこう書いています。
「元気がない、食欲がない、お腹が張っている」などの様子がみられた時は要注意です。水分摂取量、食事摂取量、排便回数、体温のチェックが必須です。
家族にできるのは、この4つを数字でメモすることです。「今日は湯のみ何杯飲んだか」「朝昼夕どのくらい食べたか」「最後に便が出たのはいつか」「体温は何度か」。加えて、トイレの回数が極端に減っていないか、どこかを痛がっていないか(転んでいないか)も見てください。受診したとき、この記録がそのまま診断の手がかりになります。
水分が足りているかの見分け方はかくれ脱水の記事に、熱がなくても危ない肺炎については誤嚥性肺炎の記事にまとめています。
確認②:お薬手帳(最近増えた薬・変わった薬)
せん妄の原因として、薬は見逃されやすい一方で、見つかれば対処できるものです。認知症疾患診療ガイドライン2017は次のように書いています。
入院中の高齢者で認められるせん妄の11~30%は薬剤性であると報告されている
厚生労働省「高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)」は、せん妄を起こしうる薬として、パーキンソン病治療薬、睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬(三環系)、抗ヒスタミン薬(H2受容体拮抗薬含む)、降圧薬(中枢性降圧薬、β遮断薬)、ジギタリス、抗不整脈薬、気管支拡張薬、副腎皮質ステロイドを挙げています。具体的には、
- ベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬:指針は「過鎮静、認知機能の悪化、運動機能低下、転倒、骨折、せん妄などのリスクを有しているため、高齢者に対しては、特に慎重な投与を要する」としています
- 抗コリン作用のある薬:「口渇、便秘の他に中枢神経系への有害事象として認知機能低下やせん妄などを引き起こすことがある」。頻尿・過活動膀胱の薬(オキシブチニンなど)や、古いタイプの抗ヒスタミン薬(第一世代H1受容体拮抗薬)もここに入ります
- 胃薬のH2受容体拮抗薬:「高齢者ではせん妄や認知機能低下のリスクの上昇があり、可能な限り使用を控える」
- 活性型ビタミンD3製剤:「サプリメントを含むCa製剤との併用で高カルシウム血症による認知機能低下やせん妄などを引き起こすことがある」
家族がやることは、お薬手帳を開いて「様子がおかしくなる数日〜数週間前に、新しく始まった薬・量が増えた薬がないか」を確認することです。複数の医療機関にかかっていると、手帳が1冊にまとまっていないこともあります。市販薬やサプリメントも含め、家にある薬を袋ごと受診先に持っていってください。
ただし、自己判断で薬を急にやめるのはやめてください。厚生労働省の指針も「ベンゾジアゼピン系薬剤は急な中止により離脱症状が発現するリスクがあることにも留意する」と書いており、抗コリン系の薬の多くも同様です。止めるか減らすかは、処方した医師か薬剤師と相談して決めます。薬の見直し方は高齢者の食欲不振の記事でも触れています。
確認③:いつから、どう変わったか(受診先に伝えるメモ)
せん妄かどうかを判断するうえで、医師がいちばん知りたいのは「普段の様子」と「変わった時点」です。診察室では一時的にしっかりして見えることがあるので、家族の観察が決め手になります。受診前に、次の4点を書き出しておいてください。
- いつから:「〇日の夕方から」「入院して2日目の夜から」と、できるだけ具体的に
- 普段はどうか:一人で買い物に行けていた、電話で話ができていた、など元の生活
- 波があるか:昼はほぼ普段どおりで夜だけおかしい、日によって違う
- 直前の出来事:熱・転倒・入院や手術・引っ越しや施設入所・薬の変更
このメモがあると、「数か月かけて進んだ認知症」なのか「数日で起きたせん妄」なのかを区別しやすくなります。
その日のうちに受診してほしいサイン(救急車を考える場面)
せん妄は、それ自体が「体のどこかで何かが起きている」というサインです。次のようなときは、翌日の外来を待たずにその日のうちに救急外来を受診してください。意識がはっきりしない・呼吸が苦しそうなときは119番を迷わないでください。
- 呼びかけへの反応が鈍い、すぐ眠り込んでしまう、目を開けていられない
- 高い熱がある、息が苦しそう、呼吸が速い
- 片側の手足が動かない・しびれる、ろれつが回らない、顔の片側が下がっている
- 転んで頭を打ったあとから様子がおかしい、または数週間かけて少しずつぼんやりしてきた
- 糖尿病の薬やインスリンを使っていて、冷や汗・ふるえがある
- 水分がほとんど取れていない、半日以上尿が出ていない
- 興奮が強く、本人やまわりの人がけがをしそう
「少しずつぼんやりしてきた」も見逃せないサインです。日本認知症学会のマニュアルは「意識障害が徐々に進行する場合は、慢性硬膜下血腫などが隠れている可能性もありますので、精査が必要です」と書いています。転倒のあと数週間してから症状が出ることがあるので、高齢者が転倒して頭を打った時の記事もあわせて読んでください。
入院中のせん妄:家族が病院に伝えること・できること
せん妄は入院をきっかけに起きることが多く、国も対策を診療報酬で後押ししています。2020年度の診療報酬改定で新設された「せん妄ハイリスク患者ケア加算」では、入院早期にせん妄のリスク因子をスクリーニングし、ハイリスク患者に対して非薬物療法を中心としたせん妄対策を行うことが評価されるようになりました。厚生労働省の資料が示すチェック項目は次のとおりです。
せん妄のリスク因子
- 70歳以上
- 脳器質的障害
- 認知症
- アルコール多飲
- せん妄の既往
- リスクとなる薬剤
- 全身麻酔の手術
ハイリスク患者に対する対策
- 認知機能低下に対する介入
- 脱水の治療・予防
- リスクとなる薬剤の漸減・中止
- 早期離床の取組
- 疼痛管理の強化
- 適切な睡眠管理
- 本人・家族への情報提供
リスク因子のうち「せん妄の既往」「アルコール多飲」「リスクとなる薬剤」は、家族が伝えないと病院側が把握しにくい情報です。入院のときには、前回の入院でせん妄になったことがあるか、毎日どのくらいお酒を飲んでいるか、今飲んでいる薬のすべてを伝えてください。お酒を急にやめたことで起きる「振戦せん妄」は別の仕組みで起きるもので、アルコール離脱症候群の記事で詳しく解説しています。
家族にできることも、この対策と重なります。日本認知症学会のマニュアルは「声をかけるだけで落ち着くこともあるので、優しい声かけをお願いします」と書き、夜眠れずに日中うとうとすることで昼夜逆転し、さらに夜間せん妄に移行することが少なくないとしています。面会のときは、
- 今日の日付と、ここがどこの病院かを会話の中で自然に伝える
- 普段使っている眼鏡や補聴器、見慣れた時計やカレンダーを持っていく
- 日中はカーテンを開けて話しかけ、昼寝が長くなりすぎないようにする
- 話のつじつまが合わなくても、強く否定したり叱ったりしない
といった関わりが、上の対策のうち「認知機能低下に対する介入」と「適切な睡眠管理」に家族が加われる部分です。どこまで持ち込めるかは病院ごとに決まりがあるので、病棟の看護師に確認してください。
よくある質問(せん妄)
Q1. せん妄は治りますか?
引き金になっている体の病気や薬が見つかれば、それへの対応で良くなることが多い状態です。日本認知症学会のマニュアルも、せん妄では身体疾患が背景に隠れている場合があり、それに対する適切な医療・ケアで良くなることも多いと書いています。だからこそ「年のせい」で済ませずに原因を探します。
Q2. 認知症の親が急にひどくなりました。認知症が進んだのでしょうか?
急に悪化したときは、まずせん妄の合併を疑います。認知症の人は体調や環境のわずかな変化でもせん妄を起こしやすく、せん妄と認知症は合併してみられることが多いとされています。数か月単位でゆっくり進む認知症とは、変化の速さが違います。
Q3. 睡眠薬を飲んでいます。すぐにやめさせたほうがいいですか?
自己判断で急にやめないでください。ベンゾジアゼピン系の薬は急な中止で離脱症状が出ることがあります。お薬手帳と実際に飲んでいる薬を持って、処方した医師か薬剤師に相談してください。
Q4. 入院するとき、家族は何を伝えればいいですか?
以前にせん妄になったことがあるか、認知症の診断があるか、お酒をどのくらい飲むか、そして今飲んでいるすべての薬です。これらは病院がせん妄のリスクを確認するときに見る項目そのものです。
Q5. 何科を受診すればいいですか?
数時間〜数日で急に様子が変わったのなら、まずかかりつけ医か内科で体の病気を調べてもらいます。呼びかけへの反応が鈍い、高い熱や息苦しさがある、片側の手足が動かない・ろれつが回らない、頭を打ったあとに様子がおかしい、といったときは、その日のうちに救急外来を受診してください。
まとめ
高齢の親が数時間から数日で急におかしくなったとき、まず疑うのは認知症ではなくせん妄です。せん妄は身体疾患や環境の変化、薬剤による影響が誘因になることが多く、入院中の高齢者のせん妄の11〜30%は薬剤性と報告されています。家族が確認するのは、①熱・水分・食事・便の記録、②お薬手帳で最近増えた薬、③いつから・どう変わったか、の3つ。呼びかけへの反応が鈍い、息が苦しい、手足の麻痺やろれつの異常、頭を打ったあとの変化があれば、その日のうちに救急外来へ。
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参照ソース(一次情報)
- 日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」第1章 CQ1-4 認知症と区別すべき病態にはどのようなものがあるか
- 日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」第2章 CQ2-11 認知症の診断に影響を及ぼす薬剤はどのようなものがあるか
- 厚生労働省「高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)」2018年5月
- 厚生労働省保険局医療課「令和2年度診療報酬改定の概要(入院医療)」せん妄ハイリスク患者ケア加算の創設
- 日本認知症学会「被災した認知症の人と家族の支援マニュアル<医療用>」令和6年度老人保健健康増進等事業
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